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黒白水色透明赤

四月になった。大学院に進学した私の同級生たちも皆、社会人となり祝われたり労われたり叱られたりしてるのだろう。

僕が大学三年生というぬかるみに足を取られている間に同級生は愚か後輩まで社会人となり、羞恥心は鈍化する事もなく、人様に迷惑をかけることのないようなるべく小さくなって生きようと心がける毎日である(しかし春先の身体測定で身長が2cm伸びた)

同級生や後輩達に関してはそれなりにいい企業で働けているようでホワイト企業自慢にも辟易しているところではあるが、ブラック企業自慢されるよりは何倍もマシだろうとにこにこ話を聞いている。

当の私はブラックにもホワイトにもなれず、祝われも労われも叱られもせず、山田亮一の言うところの

「引き延ばしすぎた所為で水色になった青い春」

をさらに三年引き延ばしもはや透明になった何かをがぶがぶと消費している。

 

恥ずかしい恥ずかしいと思いながら生きている。音楽なんてやっちゃって多分人より多く恥を作りながら生きている事を自覚した。恥をかき捨てる事もできず恥の時限爆弾を量産し人目に晒しいつかきっとこれらが何かの弾みで起爆し、誘爆し、巻き込まれ爆死するのではないだろうかと四六時中怯えている。この恥を正当化できるだけの賞賛を得る事もなく、僕の一挙手一投足が黒歴史として刻まれづづけいつか誰かに今の私が参照され未来の私を苦しめるのではないかと考えて夜も眠れない。いっそ昼夜問わず寝続けていたい。

人生とは長い旅であり、旅の恥はかき捨てらしい。自分の過去を受容できる人間になりたい。女性は時に昔の自分の着てた服の界隈や音楽の界隈、その他過去自分の信じて属する事を良しとしていたものを馬鹿にし始める。そんな人が多い気がする。「女性は」とか言うべきでないことは知っているが、そんな気がする。しない?

 

このブログも例外でなくきっといつか恥に変わるのかもしれない

怖い怖い

 

だったら書かなきゃいいのに